しつけの問題

今の親たちはしつけについて疑問を持っている。
多くの親は、しつけに関して「こういうのはいやだ」ということはわかるが、何をすればいいのかについてはよくわからない。
そして、あるアプローチがどんな結果を生むのか、ということもよく知らない。
親は互いに、創造的なしつけについて話し合うべき。
ただし子供の前でではなく。
両親が子育てについての理想と自分達の親からどう育てられ、それについてどう感じているかを話し合うことは大切。
子どもは両親が同じ価値観を持っていて、自分達の行動について自信を持っているのだ、と安心して感じられることが大切。
そうでないと、子供は一方の親の方えいくことでもう一方の親を出し抜く、ということをすぐに覚えてしまう。

多くの親が権威主義的になりたくないと思い、子どもに「従え」と命令していいのか、迷っている。
「権威主義的」「権威のある」「受容的」という3タイプの親のうちでは、「権威のある」親が一番良い。
それは、子どものために、効果的に制限を設定し、そして設定した制限については一貫してこれを守る、という親。
子どもにとって、両親には自然な権威がある。
親は大人だから、子供は自然に、親の方が世界をよく知っていると見る。
親は子供のために、「自我」の代わりになってやり、感情を導き、子供の「好き」「嫌い」ではなく、成熟した視点に基づいて判断を下してやる必要がある。

子どもの行いを「正す」ことは必要なことであり、適切なこと。
しかし、子どもが次の日にも正しい行いを覚えていると期待することはできない。
感情的な平静さを保ちつつ、正しい行動を何度も繰り返すことが必要。
愛情によって貫かれた頑固さが、子供に必要な導きを与える。
しつけは、望ましくない行いをただす以上のこと。
それは、身体的、感情的、知的な健全なやり方で発達することを導く。
赤ちゃんは、主にその体を養うことで導く。
幼児は、毎日の生活にリズムを作ることで導く。
また、親自身がモデルとなれるように存在することで導く。
学校に入るようになったら、物語や言葉によって導く。
どのように子どもを導くかは、子どもの年齢、正確、そして親子関係の性質によって異なる。

赤ちゃんを、正しい行動をさせるという意味でしつけるということはできない。
赤ちゃんの意思は非常に強く、無意識的だから。
赤ちゃんは親との関係のいて物事を行うわけではないし、親がそうしろと言ったからと言って行動を変えられるわけではない。

2・3歳になると親はしばしば子どもと何がしたいかしたくないか、あることをしたのはなぜか、などと言うことを議論できると考える。
言葉がしゃべるのが上手な子どもの場合、様々な理由を考えつくことがあるかもしれない。
しかし、この年代の子どもは、同期を持つ能力をまだ獲得していない。
覚醒した事故だけが、何かをする、ということへの同期を持つことが出来る。
3歳の子どもには、、自制のある行動は不可能。

8歳までの子どもには、子どもを怒鳴ったり説得しようとしないで、模倣の原則が大切であると心に留めておく。
子どもにある行動を教えたいときには、子どもの前で、あるいは子供と一緒に、それをする、というのが一番良い方法。
子どもに命令や指令を与えるのではなく、大人が立ち上がって実際に行動する。
例えば、「手で食べてはダメ」と言うかわりに、自分でスプーンを持って、「ご飯はスプーンで食べるのよ」と言いながら、意識をこめてそのようにする。
あるいは、「おもちゃを片付けなさい」と言うかわりに、「おもちゃを片付ける時間ですよ」と言いながら子どもと一緒に片付ける。

可能であればいつでも肯定形で話す。
「子猫をいじめちゃダメ!」と叫ぶのではなく、「子猫は優しくなでようね」と、実際に早やって見せながら、言う。

子どもが、高度が伴わずに言葉によってのみ示されるような「権威」に対して一貫して反応できるようになるのは、小学生時代になってから。
未就学児の場合、親は何度も何度も行動をただし、正しい行動をして見せなければならない。

子どもと一緒に動くことと、物事を肯定形で話すことに気をつけたとしても、子どもに「ダメ」と言わざるを得ないときもある。
子どもに「ダメ」と言わなければならない理由としては3つしかない。
①子どもが従っていることがその子にとって害になるとき
 たとえば、寒い日にコートなしで外に出ることなど
②子どもが従っていることが他の人にとって害になるとき
 たとえば、赤ちゃんが寝ている時おおきな音を立てることなど
③子どもが従っていることが本当のダメージになるとき
 たとえば、クレヨンで壁に絵を描くなど
これらのようなケースでも、頭から対決姿勢になって意志同士の争いになる必要はない。
最初のケースだったら、ただ子供がコートを着るのを手伝ってやることが出来る。
第二のケースであれば、部屋の中で静かに遊ぶか、外で遊ぶことを提案することが出来る。
第三のケースであれば、紙を渡して、より適切な方法へと子どもの活動を導いてやればいい。
何が子どもにとって害があるかを決定するには判断が必要。
判断をより適切に行えば行うほど、子どもによって良い。
「ダメ」を言いすぎず、子どもの行動を中断しないことで、子供が自分の経験を得られるよう手助けできれば、子どもは世界と自分の能力について本当に多くのことを学ぶ。

「ダメ」を言う前に、子どもが本当は何をしようとしているのかをはっきり理解しておくことは大切。
判断のためにちょっと立ち止まることはいいこと。
というのは、子どもの本当にしたいことが分かった結果、親が心を変えたりすると、子どもは混乱してしまう。
それに、親がまた心を変えてくれるよう、いろいろ言ってみようと思うようになるかもしれない。
子どもに親の意図を理解させ、親の言葉はすぐ行動であらわされる事を知らせるためには、決まりを単純なものにし、決めたことは変えないように、首尾一貫することが大切。



『親だからできる 赤ちゃんからのシュタイナー教育』(ラヒマ・ボールドウィン著、合原弘子訳)
[PR]
by shokunin_nin | 2013-01-21 22:07 | 家族 | Comments(0)
<< 暮らしにリズムを生み出す 沈黙の言葉 >>