罰しないでしつける方法

しつけの基本は、罰に代わる効果的な方法を見出すこと。
親が子供を罰すると、子供は腹を立てる。
自分自身や親を憎み始める。
怒りに満たされ、恨みを抱いた子供は、何も聞くことができないし、集中することもできない。
したがって、しつけをする場合には、怒りを生み出すものはすべて避け、自分や他人を敬う気持ちや自信を高めるものをはぐくまなければならない。

では、親はなぜ子供を怒らせるのか?
配慮が足りないからではなく、スキルが足りないから。
多くの親は、自分がはくどんな言葉が子供を傷つけるのか自覚していない。
親が懲罰に頼ろうとするのは、子供を攻撃せずに困難な状況を扱う方法を、誰にも教えられてこなかったから。
親に罰せられた後で、「行いを改めよう。罰してくれる大人を喜ばせたいから、もっと責任を持ち、協力的になろう」と自分に言い聞かせる子供はいない。

子育てにあたるときには、子供が感じていることを理解する能力、すなわち共感の能力が非常に大切な要素となる。

寛大さと甘やかし
寛大さとは、子供の子供っぽさを受け入れる姿勢。
それは「子どもが子供であること」を受け入れること。
寛大さの本質は、子どもはあらゆる種類の感情や願望を抱く権利を生まれながらにして持っているという事実を受け入れること。
願望を抱く自由は絶対的なもので、何の制限もない。
あらゆる感情、空想、思考、願望、故、欲求は、いかなる内容を持っていようとも尊重され、受け入れられなければならない。
そして、適切な手段を通して表現されることが許される必要がある。

子どもは自分がどう感じるかをコントロールできないが、それらの感情を表現する方法には責任がある。
子どもは自分の感情には責任を持てないが、自分の振る舞いにだけは責任を持てる。

甘やかしとは好ましくない行動を許すこと。
あらゆる感情を許し、受け入れることは、子供に自信をもたらし、気持ちや考えを表現する能力を高めていく。
ところが、甘やかしは不安をもたらし、かなえられない特権を求める要求をエスカレートさせていく。

感情は許し、行動は制限する。
感情は認めてやり、処理しなければならない。
行動は制限し、向きを変えてやる必要がある。

子どものためになるしつけ方とためにならないしつけ方の間には大きな違いがある。
子どもをしつけるとき、親は、好ましくない行動はやめさせるが、そのような行動を生み出した衝動は無視することがある。
親が子供に制限を課すのは起こった言い合いの最中で一貫していないことが多く、屈辱的な言葉が使われやすい。
おまけに、子どもが親の言うことをきけるような状態ではないときに、反感を招く言葉でしつけがなさせるので、しばしば子供は、ただ特定の行動を批判されたのではなく、人間としてよくないと宣告されたような印象を抱く。
子どものためになるしつけは、子どもの行動と感情の両方に注意をそむける。
子どもに感じていることを話させる一方で、好ましくない行動には歯止めをかけ、違う方向へと導いてやる。

子どもたちは許される行為と許されない行為をはっきり決めてもらう必要がある。
許される行為の境界を知っていると、安心する。


「子どもの話にどんな返事をしてますか?」ハイム・G・ギノット著 菅靖彦訳

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by shokunin_nin | 2014-12-03 22:25 | 家族 | Comments(0)
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